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三日月町邪馬台国
─若者に説く魏志倭人伝酒話─
眞木林太郎
 

【2】
それは、その魏の全く一番最後、
終わりの時なんで
この時には悪役の魏の曹操だとか
それから、善玉の、蜀の劉備、
あるいは、諸葛孔明なんて全部死んじゃった後なんです
だから、三国志と言っても全然面白くない時期で
えー、恐らくこの時代の事を知っている人は
三国志に興味があっても
あんまりいないじぁないかと思います
で、三国志は魏の国の魏志と
呉の国の歴史の呉志と、
蜀の国の歴史書の蜀志の
三つの志、三つの本を集めた本なんで
三国志という名前が付けられれました
で、その三国志の中の魏の中に一番最後に
東夷伝と言うのがあるんですよ
単純に言えば
魏の東の方に居る異民族の伝記である
それで、その東夷伝の一番最後に
倭人伝というのがある
だから、三国志の中の魏志の東夷伝の倭人伝
これを略して、魏志倭人伝と言ってる訳ですね
で、この魏志倭人伝というのは
文字が二千字ぐらいのもんで、非常に短い訳です
だけど、日本の歴史が中国に伝わって
纏められたのは、この魏志倭人伝が最初です
で、この魏志倭人伝と言うのは
どうゆう経緯で出来たのかというと
色々説があるんですけど
まず、一番最初に、238年に、
邪馬台国の女王の卑弥呼が
魏の都の洛陽に遣いを出して
朝貢したんですね
それで、始まる訳です
で、朝貢を受けた明帝が非常に喜んで
卑弥呼に、親魏倭王という地位を与えて
これがそうですよという金印を授ける
その他にも色んな贈り物も
してくれた訳ですけど、その内容を見ると
もの凄く喜んだみたいなんですけど
本人(明帝)は直ぐ死んじゃった
その次の帝が、
実際に、その先帝の、遺志を継いで
それを間違いなくくれた訳です
【3へ続く】
 
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