マウスの遺伝子マッピング−過去から現在まで
北大・獣医・実験動物 渡辺智正
遺伝子マッピングの方法は、おもに3通りに分類される。1つは古典的な交配実験 による方法である。F2分離よりバッククロス群を用いた方が、一方の親だけの組換 えを考えればよいから精度が高い。最近では、ヒトにおいてもアメリカモルモン教徒 の大家族家系図が教会に保存されていて、そのD N Aサンプルを用いてマッピングパ ネルが作成されている。2つ目は、融合細胞を用いた方法である。ヒトとマウスの融 合細胞は一般的にヒトの染色体を消失していく。ヒトの染色体が1〜3本程度残った ところで、各クローン細胞のアイソザイムの検出あるいはサザンブロット解析を行い 、各クローン細胞に残った特定のヒト染色体との相関からマッピングすることができ る。こうして確立されたマッピングパネルは有効で、とくにヒトではこの方法が幅広 く行われてきたが、残念なことに番地まで決定できない欠点がある。3つ目のin sit u hybridizationは、クローニングされた遺伝子をアイソトープあるいは蛍光で標識 して、染色体上に直接ハイブリダイズする方法である。トランスジェニックマウスの ように複数の遺伝子のコピーが挿入された場合、感度が高くなりより有効である。し かし、この方法もやはり正確な番地まで決定できない。そこで、また最初の交配実験 によるマッピングに戻ることになる。今回のセミナーではマウスにおける遺伝子マッ ピングを過去から現在まで簡単にたどってみたい。 マウスの染色体は大きさの順に第1、第2、‥‥と命名されている。しかし、初期 の頃は、第・、第・連鎖群(リンケージ群)と呼ばれ、それはマッピングの容易な順で あった。すなわち、第・連鎖群には最も標識遺伝子として有効なアルビノ遺伝子座(c )が存在し、さらに生化学標識遺伝子として代表的なヘモグロビンβ鎖遺伝子座(Hbb) も存在する。しかし、今日では第・連鎖群は第7染色体と呼ばれている。1970年代に 入って、毛色・アイソザイム・免疫形質が標識遺伝子としてそろい、計20の常染色体 と性染色体のマッピングが可能になった。しかし、全ての染色体のマッピングが実施 できたのはジャクソン研究所など一部の機関だけであった。日本では半数以上の染色 体でまだ標識遺伝子が不足し、マッピングできた場合「運が良い」と言われた。私た ちは、幸いなことにキモトリプシン遺伝子を1972年に第8染色体にマッピングするこ とができた。この染色体にはアイソザイムとして有名なエステラーゼ遺伝子があった からである。1980年代に入り、遺伝子工学技術が台頭してくると様相が一変してくる 。変異(多型)がD N Aレベルで検出できるようになったこと、実験用マウスと遺伝的 距離の離れた野生マウスが使われるようになったことによる。遺伝子がcD N Aとして クローニングされるや、すぐにR F L Pの検索が行われ、染色体上の位置が決定され るようになった。私たちもR F L Pにより多数の遺伝子をマッピングした。この段階 にいたり、マッピングは新しくクローニングされた遺伝子と既知遺伝子との関連を調 べるのに最も有効な手段となった。例えば、ファミリーを形成する遺伝子−とくに免 疫・形態形成に関する遺伝子−が未知か、クラスターの一員か、などという点である。 ここまでの時代は、遺伝子マッピングは通常約100匹のバッククロス群を用いて行 われ、したがって遺伝的距離は1cM単位で調べることができた。1990年代後半になっ て、P C Rの開発とともに、2塩基の繰り返し配列が染色体上に多数散在し、しかも きわめて多型性の高いことが報告された。それらの知見をもとにミニサテライト多型 が普及し、遺伝子マッピングは0.1cM単位の時代になった。0.1cMとは物理地図で約20 0kbの長さで、十分ベクターに組み込むことができる。こうしてポジショナルクロー ニングという技術が登場した。最も早くこの技術でクローニングされたマクロファー ジ細菌感染抵抗性遺伝子(Nramp)は、獣医領域でも重要な遺伝子と考えられる。また 、今日では単純なメンデル遺伝形質の多くは本体がすでに解明され、将来は複数の遺 伝子が複雑にからみあった疾患へと目が向けられるだろう。高血圧・糖尿病・てんか んなどが、その課題である。私たちもそのような意味から複数の遺伝子がからむ雑種 不妊現象をマウスを用いて解析しつつある。 >