生物進化の謎を解く
─人類の進化までを含めて解説─
 
猪 貴義
 
あとがき
 
大学を定年後、若い時代から関心のあった生物進化をまとめてみようという無謀に近い計画をたてたために、思わぬ悪戦苦闘を強いられることになった。一般にいわれているように、進化論はやはり泥沼であった。足をふみ入れたものの、いつのまにか、深みにはまりこんで、身動きできなくなってしまった。幾度か執筆をあきらめたこともある。しかし、10年も経過するとなんとなくまとまりができてきて、不完全ながらも本書の出版を思いたった。
本書の題名を「生物進化の謎を解く」としたが、謎を解くためには、まず謎を知らなければならないと考え、生物進化の謎とみられる部分をいろいろなレベル(分子、細胞、組織、器官、個体、個体群、種)からみた分析的視点、いろいろなレベルの統合によって調和のとれた高次の機能をもつ生命現象からみた総合的視点(高次構造)、さらに、生命の連続性からみた生命史的視点などから掘りさげて主要な問題を明らかにしようと試みた。生物進化は広範な分野に及ぶので、もとより完全なものに仕上げることはできなかったが、読者が本書を通じて、わずかでも、生物進化がかかえている問題を知り、関心と興味をもっていただければ、本書の出版の目的はほぼ達成したものと考えている。
高校の生物教育を担当する教師に伺ったところ、最近では「ゆとり教育」という名のもとで、教科書から重要な項目が削除されたり、わずか2〜3行の説明で終わるものもあり、生物進化や分類学にふれることはほとんどなくなった。早い時期に、生物学の理論体系を再構築しないと、わが国の生物学教育は崩壊への方向をたどってゆくだろうと、危機感を抱いていた。
大学においても医学系や生物系をめざす医・歯・薬・農・理・教育の学生のうち、高校時代に生物学を選択し、履修した学生はきわめて少数にすぎない。そのうち、生物学の基礎知識をもたず、生命現象を統一的に理解できない医学系や生物系の学生が育ってくるかもしれない。すでに、ある大学では高校時代に生物学を履修する機会のなかった学生を対象として、補習授業を行っているところもあると聞いている。
いまや、理系と文系とを問わず、生命の進化、生命を特色づける遺伝、発生・分化、構造、機能について、ある程度の知識がなければ、人間と人間の未来を論ずることはできない時代を迎えようとしている。
本書を通読した読者の方たちは、生物進化の事実と生物進化を裏付ける理論が、現在に至るまであまりにも多くの不明な部分を残し、なお多くの論争が継続されていることに気づいたと思う。21世紀は生命科学 (life science)の時代ともいわれ、人間の生命、生活、生存にかかわる重要な検討課題がとりあげられている。なかでも最重要課題の一つとして「生物進化機構の解明」があげられている。今後、生物進化に関する議論は一層深まり、その真相は、時間はかかるかもしれないが、次第に明らかになってくるだろう。
「既存の学説を疑ってかかれ」という言葉は、先人の指導者たちが若い学徒にむけて残した言葉である。「生物進化についても未だ定説はない」という立場にたって、多くの人たちが、それぞれの分野から、この新しい課題にねばり強く挑戦されることを希望したい。とくに、分析的視点、総合的視点、生命史的視点にたって生物進化をとらえることのできる若い人たちに期待をかけたい。
本書をまとめるにあたってお世話になったすべての人たちに、心から感謝し、お礼申しあげて、むすびとする。
 
2004年3月
猪 貴義
 

株式会社アドスリー