【まえがきより】
前著『ドレスト光子はやわかり』(丸善プラネット、2014年)は、ナノ寸法の小さな光であるドレスト光子(dressed photon:DP)の原理と応用を駆け足で紹介する読み物でした。もう一歩踏み込み、DPを「深わかり」するための読み物、紹介書と専門書の間をつなぐ書籍として記したのが本著です。
第Ⅰ部では原理について、しかし前著より少し詳しく説明しています。第Ⅱ部では応用技術について、前著との重複を避けつつさらに進展した技術を中心に説明してあります。
前著との違いは第Ⅲ部を加えたことです。ここでは第Ⅰ部の原理の説明では実は不十分なので、DPをきちんと説明するための新しい科学を紹介します。それは「オフシェル科学」と呼ばれていて、従来の光科学である「オンシェル科学」とは相互補完の関係にあります。すなわち両者は重複せず、非なるものです。実は第Ⅰ部での説明には、オンシェル科学を修正して使ったのでした。オフシェル科学によりDPの素性が明らかになり、そしてさらなるアイディアが形になり、従来の光技術の限界を超えて未来を拓くのです。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
【書評】
ー光科学の新たな扉を開くー
ドレスト光子の本質がスッと頭に入る本
納谷 昌之
フリーサイエンティスト/ひかりがたりすと、納谷ラボ代表、慶應義塾大学特任研究員
ドレスト光子に関しては大津元一氏によっていくつかの著書が出ているが、新しい概念ということもあり、これまでの著書には難解な部分が多かったことは否めない。本書『ドレスト光子の深わかり』は、従来の著書における本質的かつ重要なポイントは損なうことなく、ドレスト光子の本質がスッと頭に入ってくる好著である。おそらくこれは、企業の技術者出身である編者の杉浦聡氏とのコラボの賜物であろう(難解な数式などものともせずに、より精緻な理解を深めたいという方には、『これからの光学』(大津元一著、朝倉書店、2017年)を合わせてお読みいただくことをお奨めする)。
本書の第 I 部では、従来の光とドレスト光子の違い、ドレスト光子の考えの必要性などが明快に述べられている。第 II 部では、ドレスト光子と関わる様々な実験事実とそれに対する考察が紹介されているが、図や説明がとてもわかりやすく、読者はドレスト光子の威力に目を見張ることだろう。そして第 III 部。「未来を拓くオフシェル科学へ」というタイトルの通り、ドレスト光子をとことん深く掘り下げていくと、新たな科学の扉が開くというワクワクする予感を感じるのである。
近接場光学がまだ黎明期であった1990年代は、従来の光学顕微鏡の限界を破って、より小さな物体が観察可能になる近接場光学顕微鏡の研究に関して世界中がしのぎを削っていた。学会では、単に分解能を上げるだけではなく、近接場光学顕微鏡で何故そこまで高い分解能が得られるのかということについての熱い議論が交わされていた。当時、この分野の先頭を走り、牽引していた研究者の1人がこの本の著者である大津元一氏だ。あれから30年以上の時が経ち、大津氏をはじめとするパイオニアたちはこの分野における重鎮となった。そして世代が移り変わりつつ、近接場光学は今でも多くの研究者を集め、様々な応用に向けての活動が進んでいる。ただし、それらの研究のほとんどは、近接場光学の黎明期に打ち立てられた原理の延長上でのテクニカルな改良に関するものであり、まだ見えていない隠れた原理など、もはやこの分野には存在しないのではないかとも感じる様相だ。
しかし、大津氏は異なる道に分入った。近接場光を用いる応用技術を徹底的に深掘りしていくと、それまでに打ち立てられていた理論では説明できない現象が実験によっていくつも見つかったのである。例えば従来は実現不可能と言われていたシリコン製の発光デバイスを近接場光が関わるプロセスを用いると実現できてしまう、などの事実である。それまでの光と物質の相互作用についての原理は、大雑把に言えば光(電磁波)と電子が交互に作用し合うというものであった。これに対し、近接場光の領域であるごく微小な領域では、もはや光と電子は一体化した場(本書の言葉では「ナノ寸法の物質粒子の中の光子と電子(または励起子)からなる複合系に生成される量子場」)である「ドレスト光子」と考える必要がある、というのが大津氏の着想である。なるほど、この考え方を用いれば、従来の常識とは異なるエネルギー状態を縦横無尽に行き来することができて、一見、不思議に見える近接場での現象が筋の通った理屈で説明できるし、さらには、そこから新たな現象を生み出すことも可能なのである。ただし、その理論は未だ発展途上であり、ドレスト光子の物理にはさらなる深みがあるはずで、そこを目指してとことん突き進むのだ! ということこそが、この本の真のテーマであろう。
何はともあれ、重鎮という位置に安んずることなく、挑戦者としていつまでも未踏の世界であえて苦闘する大津氏の心意気に触れることができることこそ、この本の最大の魅力かもしれない。